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2006年2月6日(月) 23:53

研究会の今後

今回の合宿が終われば四年生が抜けて新体制。
色々と思うところもあるし、みんなもそう言った感じだ。
せっかくなので出た話を、誤解を恐れず主観を入れてすこしまとめてみる。

(続きは上のリンクから↑。)

・「サブゼミ」の継承
発起人でコアメンバーであるAさんの引退はデカイ。
どういった形で続けていくか。
あと輪読文献もどうするか。
ギデンズとかルーマンとかも出てきているが、基礎固め以外にも研究会めぐり武者修行なんて感じで先端研究にも触れないといつまでたっても「”情報社会”学」にはならない気もする。

あと、サブゼミ関連ではこの話も重要。


・「流浪の民」説
共同研究室からおんだされる可能性が大。
これは非常に困る。サブゼミをやる場所と言うのも困ってしまう。
そもそも次期研究会の時間帯も変わるかもしれない。
となると、まるで実体のない想像の共同体のようだ。
履修を考えている新規メンバーも不安を感じるだろうし、FA宣言をするヒトも出てくるかもしれない。
まぁ去るものを追わず、来るもの拒まず、それでも少数がいいな!というのが先生なのだけれども。
(一生懸命見て頂けるので多いと心労過多で死んでしまう。)

卑近な話に戻すと、春休み中に(部室棟引越しと同じくらいの時期(3/27付近)?)引越しもしくは退去をしなければならなくなる。
むむむ。


・アウトプットの話
共同研究というか、アウトプットをみんなで出せたら勉強になるね、というか面白いね、コモンズになるね、と言う話が出た。

例えばM君の言葉を借りると「ORF2004の教員対談の廉価版」の如く、違った分野である我々が対談をして、それをテキストにして公開していくというのはとても面白いことではないだろうか。(実を言うと昼食を食みながら頻繁に熱い議論を交わしたりしているのでアウトプットとして残したりするとよいのにな、ということからきている。)

または論文と比較をするためにエッセイを書いて見る、とか。んでみんなのエッセイをまとめて本にする。情報社会学に必要な議論の叩き台にするような一冊を作ったりするのも後に残るし卒業制作になって面白いかもしれない。ちょっとGlocomの「智場」廉価版みたいだ。
「情報社会学を哲学レイヤーから構築する」みたいなのが論文にならなかったらこういう形のエッセイにするのもアリかもしれないし。どうだろう。


個人的には卒業制作で監視社会に対するアイロニーとして「WEBカメラ・アイ福沢先生像」を作ってみたいのだがw


・SFCの言語カリキュラム
あ、あとこれは土屋研と関係ないのだが、二日目の夕食ででたお話で、SFCの言語カリキュラムについて。

話を聞くところの感じだとどうにも学生のレベルを強引に引き上げてキャンパス名を轟かせたいとか、各教員のエゴによるポリティクスといった下心的なところしか浮かんでこない。
はっきり言ってこれではダメだ。まず複数言語の必修ありき、というのはSFCが自負する「まず問題を発見し、とりあえず取り組んで見よう。必要な知識はそこで初めて必要だと感じるから自分でかき集めにかかるんだ」という”攻略本形式”からかけ離れて、単なる他大と同じカリキュラムに成り下がってしまっているものであるし、そんなに必修がっちりで言語をやりたいのなら学生側は外語大やN○VAにでも行けばよいのだ。
外国語話者を増やすための大学ではない。研究をするための機関なのだから。

万が一外国語の必修単位を増やすのであれば、例えば二倍にするのであれば、教員数と開講授業数を二倍増させなければならない。(それでも足りないが。)現時点でさえ履修制限で履修すらできない状態が続いているのに必修を増やされては卒業せずに留年して学費を学校に落とせと言わんばかりである。それくらいの痛みは学生側とともに分かつのが当然だ。

さもなくば・・・サイバースペース学生運動だ!

written by sofuwe [授業・研究] [この記事のURL] [コメントを書く] [コメント(3)]

Comments

『サブゼミにかんして』

サブゼミに関しては、来期の要綱というか理念について考えはあります。


皆さん、各論あるだろうけど、私はやっぱりメインディシプリンを研鑽したいな。
ギデンズを挙げてるのは、現代社会的かつ、社会学というディシプリンの研鑽に役立つから。

SFCではメインディシプリンはぜんぜん勉強されない。最先端とか格好付けるのはいいけど、
メインディシプリンなきインターディシプリンは意味がない。

私個人はもっと古くてもいいけど、みんな嫌だろうからなあ(笑
情報社会学だから社会学、という選択をしたけど、
例えば公文俊平先生の出身である理論経済学という選択肢もあるにはある。

ともかくも、「論」ではなくSFCではまったく勉強されない「学」を修める場としての
サブゼミにしたい。というのが私の持つ理念。

逆に言えば、こうでもしないとメインディシプリンを研鑽する機会なんてないでしょ。
俺は普通の文系学生と同じレベルで社会学なり経済学なりというメインディシプリンを極めてる!
って人が大多数なら、上記意見は引っ込めますけど。

教室とかは何とかなるよ。毎回毎回、適当だったし。

written by かのう

『追記。』

情報社会学を、人文社会科学系ディシプリンと、情報学・それに類する自然科学系ディシプリンのインターディシプリンと定義するなら、

理系の学問も選択肢に入れなきゃ変ではある。確かに。

論理学とかどうか。言ってみただけですが。

written by かのう

『題材選び』

おお、レスありがとう!

サブゼミが継続できるなら題材選びに着手したいね。
しかし、それが難しい。

>先端研究にも触れないといつまでたっても「”情報社会”学」にはならない気もする。

と上の方では言っていますが、一方で”基礎なき論”というのは”学”じゃないし、砂上の楼閣が如くもろいものでしょう。
これはかのう君が言っていることがもっともで、SFCが見落としがちなところです。
文献あさりなら一人でやれ、という意見もあれば人一人の力の限界を考えて、いろんなヒトの意見を聴いたりすることで広がる視野や、討論することで深まる知見もあるでしょうから、古典からのアタックも重要なはず。
では必要なのが両方、ともなればバランスの見極めが肝心なのかもしれません。難しいね。

>理系の学問も選択肢に入れなきゃ変ではある。確かに。

確かに。第三世界的アプローチ、全く違った、一人で勉強しがたい”理系的なツール”の勉強会というのもアリかもしれない。
再びRefWorksだとか、論理学だとか、文献の当たり方、統計の取り方・分析方法、経済学、そもそもの論文要綱会議etc・・・

written by sofuwe

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